パワーハラスメントは「上司から部下に」されるものと思われがちですが、実は部下からのパワハラも問題になることがあります。
美容関係の店を営む経営者から「部下から罵倒され続けて疲労困憊だ」との悩みが弁護士ドットコムに寄せられています。
「あなたのために売り上げを上げたのに何の労いもない」
「あなたが怒られないために! あなたのために!」
このように、部下から数十分に渡ってミーティングで怒鳴られたそうです。また、過去にもヒステリックな態度をとられたといいます。
部下の給料もちゃんと支払っているということで、部下の言動に問題を感じています。共通の知り合いに真実ではないことをふれまわるのではないかと心配もあるそうです。
「時間やお金をかけて、メンタルまですり減らしながら部下に罵倒され続け、他の事業に支障があるレベルで疲労困憊しております」
部下の行動はパワハラにあたるのでしょうか、仕事の問題にくわしい正込健一朗弁護士に聞きました。
●部下からの罵倒も「パワハラ」になるの?経営者が疲弊したときの法的視点
——今回のケースでは、上司ではなく、部下によって罵倒や暴言がなされていますが、部下による言動でもパワハラに当たるのでしょうか
パワハラというと、多くの人は「上司から部下への嫌がらせ」を思い浮かべるのではないでしょうか。実際、厚生労働省の指針や裁判例も、上司の立場を利用した行為を典型例として取り上げています。
しかし、パワハラは必ずしも「上から下へ」の一方向ではありません。実は「部下から上司へ」の言動がパワハラにあたる場合もあるのです。
●パワハラの定義は「上下関係」だけではない
まず、労働施策総合推進法第30条の2第1項は、パワハラを次のように定義しています。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること」
ここでの「優越的な関係」とは、単なる役職上の上下関係に限らず、人間関係上の立場や、専門知識の有無、多数派か少数派かといった幅広い力関係を含みます。
なお、同法の改正前には「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」がパワハラの定義として用いられてきました。この報告では「職場内の優位性」という用語が用いられていましたが、「優位」との表現が職位の上下を連想させることから、立法の際に変更されています。
つまり、部下であっても、専門性や経験など業務のある側面において上司よりも優位性が認められれば、それを背景に強い態度で罵倒を繰り返し、上司のメンタルを追い詰めるなどの行為は、優越的な関係を背景とした行為(パワハラ)と認定され得るのです。
●パワハラの判断は「必要性」と「相当性」から
次に、本件の部下による罵倒がパワハラにあたるかを見てみましょう。
パワハラ該当性判断の中核は「必要性」と「相当性」です。部下が「あなたのために!」と怒鳴り続けることは業務上の必要性は認められにくいでしょう。仮に、業務改善の提案や意見表明だとしても、人格を否定するような言葉や執拗な怒号は、就業環境を害する不適切な言動と評価され相当性を欠きます。
したがって、本件の部下による暴言も、法的にはパワハラに該当する可能性が高いといえるでしょう。
部下から怒鳴られる上司(AIで作成)
——パワハラをした部下にはどのような法的責任が問われますか
もし部下がこのような行為を繰り返した場合、民事上は、損害賠償責任が生じ得ますし、会社から懲戒処分が下されることもあります。
民法709条は「故意または過失により他人の利益を侵害した者は損害賠償責任を負う」と定めています。罵倒によって精神的な苦痛を与えた場合、慰謝料請求の対象となり得ます。
就業規則に違反すれば、けん責、減給、場合によっては解雇といった懲戒処分の対象になります。ただし、適正な処分のためには、就業規則に根拠規定が定められていることと、やり取りの録音や同席者の証言など、客観的な証拠が欠かせません。また、被害を受けた上司の精神的損害を立証するには、心療内科やメンタルクリニックなどの受診も考えられます。
——部下の言動に悩む上司はどんな行動をとるべきでしょうか
心身をすり減らしながら部下の言動に耐える必要はありません。まずは冷静に証拠を残すことが第一歩です。そのうえで、以下の対応が考えられます。
・メールや会議録、録音などで具体的なパワハラ行為の記録を保存する
・パワハラによって疲労困憊し、不眠や、抑うつ感などの症状が出ている場合は医療機関を受診する
・顧問弁護士や労務担当者に相談し、懲戒手続や配置転換を検討する
パワハラは「上から下に行われるもの」との思い込みが根強いですが、法律上は加害者が誰であれ、必要性と相当性を欠く言動で職場環境を害する場合にはパワハラに該当します。
上司や経営者であっても被害者となり得るのです。泣き寝入りせず、記録を取り、専門家に相談しながら、冷静に対応していくことが大切です。